ブラックウェル館
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建築家ベイリー・スコット

ブラックウェル館の設計を手掛けたマッケイ・ヒュー・ベイリー・スコットMackay Hugh Baillie Scott(1865-1945)は、19世紀末から20世紀前半にかけて英国やヨーロッパで活躍しました。ウィリアム・モリスらが立ち上げた英国アーツ・アンド・クラフツ運動を国際的な舞台に持ち込み、新世紀の幕開けにおける美術・デザイン改革を盛り上げた建築家の一人です。産業革命期以前の美術工芸を手本にした運動初期の理念を受け継ぎながらも、その一方で時代を先取りした画期的な設計で近代建築への架け橋を築きました。彼のデザインや構想は国境や時代を超え、近代建築の巨匠フランク・ロイド・ライトを含める多くの建築家たちに影響を及ぼしたといわれています。

べーリー・スコットはイギリス南西部ケント州の裕福な家庭に生まれました。両親はオーストラリアに牧羊地を所有しており、その運営を任されることになっていたスコットは農業高等学校で教育を受けます。しかし、彼の関心は次第に建築へと向かい、卒業後はバースの建築会社に職を得ます。この頃よりウィリアム・モリスやフィリップ・ウェブ、ノーマン・ショウらの建築から刺激を受け、地域性の濃い建物や工芸に惹かれていきます。1889年、新婚旅行で訪れたマン島に移り、3年後にはそこで設計事務所を開業、独自のスタイルで名声を挙げていきます。彼が考案した開放的で広がりのある移住空間は、古いしきたりにとらわれず家族が自由に団らんできる未来のライフスタイルを予告するものでした。

若干33歳でブラックウェル館の設計を一任される1898年までには既に、ドイツのヘッセ大公爵やルーマニア皇女のためにインテリア設計を手掛け、ヨーロッパ大陸でもその才能が高く評価されていました。1901年にイギリス本島に戻った後は、都市において自然環境と一体となった生活コミュニティーを設計するガーデン・シティー運動Garden City Movementにも関わっていきます。

スコットは、アーツ・アンド・クラフツ運動の普及の鍵となった月刊誌「The Studio」に設計や構想を発表し、中流階級や知識人の間でも広く支持を得ました。また、1906年には彼の設計の核となる思想をまとめた著書「Houses and Gardens, Arts and Crafts Interiors」を出版しました。

このような優れた功績にもかかわらず、現在スコットの名はそれほど広く知られてはいません。彼の事務所が2度の大火事に遭い、彼の活躍を伝える貴重な資料が失われたこともその一因です。また、主要都市グラスゴーに学校や教会などの公的な作品を残す同期の建築家チャールズ・レニー・マッキントッシュとは違い、スコットは郊外の個人宅の設計を数多く手掛けました。どんな家にもたましいが宿ると信じた彼は、地域性や住人の精神的なインパクトも考えた個性あふれたデザインをひとつひとつの作品に取り入れていきました。