ブラックウェル館
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ブラックウェル館の歴史

誕生

英国湖水地方の小さな街ウィンダミアに鉄道が開通した1847年頃から、ワーズワースの詩に讃えられる美しい自然に触れたいと多くの観光客がこの地にやってくるようになります。汚染の進む都会に住む裕福な資本家たちも、交通の便が良くなったウィンダミア湖東岸に競うように別荘を建てていきました。

マンチェスターに住む大富豪エドワード・ホルト卿もそのような資本家の一人でした。彼はビールの醸造で財を築きますが、その一方で慈善事業に関わったり、マンチェスター市長を務めたりと社会的地位も得ます。ホルト卿は湖のほとりの高価な土地を手に入れ、1898年から保養と社交のためのカントリーハウスを建てさせます。ブラックウェルと呼ばれるこの館は当時注目されるアーツ・アンド・クラフツ運動の若手建築家ベイリー・スコットの自信作として1900年に完成しました。

戦争と近代化の波の中で

その後十数年にわたって、この館はホルト一家に贅沢な憩いの生活を提供しました。しかし、世界大戦が近づくにつれ、懐古主義的なアーツ・アンド・クラフツ運動は時代の流れに対応できず、権力や国粋的な考えを反映する新古典主義が建築などおいても好まれるようになります。その影響もあったのか第一次世界大戦で長男が戦死した頃からホルト家の足は次第に館から遠のきます。

ホルト卿の次男が受け継いだブラックウェル館は第二次世界大戦に入るとリバプールから疎開してきた女学校の寄宿学校として使われるようになります。美しい自然に囲まれた館は戦時中の暗い時代に子供たちに生き生きと育つ場と楽しい思い出を与えました。戦後もそのまま別の学校として使われましたが、1970年代にその学校が去るとヨークシャー地方の実業家が買い取ります。

住む者のいなくなったかつてのカントリーハウスが次々にホテルや娯楽施設に改装されていく中で、ブラックウェル館は奇跡的にもその運命を免れます。新しい手に渡った館は環境保護団体イングリッシュ・ネイチャーの事務所としてリースされました。

甦るブラックウェル館

1997年にイングリッシュ・ネイチャーが事務所を移転すると、館の先行きが危ぶまれるようになります。そんな折り、慈善団体レイクランド・アーツ・トラストがブラックウェル館の存在を知り、この貴重な遺産の保護・継承に取り組みます。1999年、多くの寄付や支援を得て、同トラストは館を購入。2年の補修工事を経て2001年7月、誰もが訪れることのできるアーツ・アンド・クラフツ美術館として開館しました。
館の保全事業には宝くじ基金からの助成金約2,200,000ポンド(約4億1800万円)がおりたほか、チャールズ皇太子をはじめとする多くの人々の深い関心も寄せられました。皇太子は工事前の視察に続き2001年にも訪れ館を正式公開されました。

ブラックウェル館は現在、国の第一級重要建築遺産に認定されています。室内の細部装飾もほとんど建設当時のもの。それに調和する様式・デザインの家具や調度品を展示するほか、独創的な空間を生かして企画展を常時開催しています。